その常識、おかしいでしょ?

タタナカです。現代のタブーや、よく考えるとおかしい常識を批判したいです。

考古学の教授よりも数学の教授の方が頭がよい

比較すること自体がタブー?

基本的にこういったことは公では言われませんが、「文系の教授と理系の教授は、どちらが頭がよいか?」を問えば、大半の人が理系と答えると思います。

実体験から出てくる答えですが、おそらく正解でしょう。

数学ができる人は大抵、他の教科もできますが、他の教科ができても、数学ができるとは限らないからです。
実際に数学や物理学の教授が、もし考古学や人類学の教授を目指していれば、おそらく教授になれますが、その逆は難しいでしょう。

その他の比較がタブーな職業

ざっくりと内需型産業と外需型産業の比較ですね。
それぞれに役割はありますが、日本が豊かな理由は外貨をたくさん獲得してくれる企業があるからです。

つまり、日本という国でみたときには「内需型産業 <<<<<<< 外需型産業」です。
それほど違いあるか?という反論がきそうですが、内需型産業の大企業は、現実に外需型産業が築いた裕福な日本人によって支えられています。

外貨を獲得するような職種の人は国に対しての貢献度が高いので、給料を高くして、優秀な人材が集まるようにするべきなのですが、現実はそうでもないですよね。日本だけではありませんが、国益をもたらす仕事がきちんと評価されないでいるという認識をきちんと持つべきだと思います。

国内の営業職はほぼ全て社会貢献度ゼロ

国益をもたらさない職種の代表格が「(国内専門の)営業」です。
企業にとっては顧客を取ってくる重要な存在ですが、大半の営業の人は国内で他の国内企業と戦いながら自社の製品やサービスを売り歩いています。

でも、これって国益につながりますか?

国単位で考えたときに欲しいのは、グローバルでも戦い外貨を獲得できる企業です。
企業がグローバルな展開に乗り出す際、普通は自社のサービスや製品を軸に戦略を立て(マーケティング)、最終的には小細工なしで戦いを挑むカタチになります。
でも、国内に限って言えば、サービスや製品が国内の競合他社に負けていても、営業が優秀であれば、国内で勝ててしまいますよね。

これが完全に社会悪です。

グローバルな闘いでは、営業の人々が培った営業力は無力です。

結果的にサービスや製品が国内1位でない偽物の企業が力を付けて、世界に挑戦し惨敗するということになります。

だから、国内だけを相手にしている企業の営業職は社会貢献度ゼロというか、むしろ社会貢献度マイナスです。

日本の社会で製品やサービスが、フェアな競争をすることが結果的に国益につながるにも関わらず、彼らはそれを阻害することを職とする人々です。

営業職の人に会う機会があれば、そういう目で彼らを見てやりましょう。


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